最高裁判所第一小法廷 昭和24年(れ)61号 判決 1952年4月17日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人鍜冶利一、同小林宗信の上告趣意第一点、第七点について。
論旨は結局浦田仁三郎が判示金品を被告人に交付したのは単なる私交上の行為であって、税額査定に際し有利寛大なる取扱を得たい趣旨でしたものではないし、また、被告人は、判示係として所得税財産税等決定の基準である所得及び財産の調査並びに評価に関する事務を分掌していなかったから、被告人の職務に関して判示金員を収受した旨の判示事実の認定は虚無の証拠による違法のもので、従って刑法一九七条一項に問擬した原判決には擬律錯誤の違法があるというに帰する。しかし、浦田仁三郎の判示金品の交付は単なる私交上の行為ではなく、同人の昭和二一年度の古物商営業による所得税額査定に際し有利寛大なる取扱を得たい趣旨にいでたものであることは、原判決が証拠とした第一審公判調書中(一六八丁)「検事は判事に告げ証人(浦田仁三郎)に対し、問、証人は福来魚や金を渡した際に税金に手心を加えて呉れと云う下心が全然なかったと言ひ切れるか、答、税金が多くかかって来るのを恐れて手心を加えて貰う心算でありました」の供述記載に照して明認できるし、被告人がその情を知っていたものであることは、原審の証拠である被告人がした公訴事実(浦田仁三郎外五名より税額の査定其の他自己の職務に関し便宜を供与されたき請託を受け同人等より……金品の交付を受けた事実)については相違ない旨の第一審公判廷における陳述及び所論の被告人の供述の全趣旨に照してこれを推認するに足りるのである。次に第一審公判廷で裁判長が証人野田健に展示し、同証人が富山税務署の分課規程、被告人の担当事務の内容はそれに相違ない旨を答えた税務署分課規程第一条税務署に直税課、関税課及庶務課を置き其の事務を分掌せしむ(以下省略する)。第二条直税課に於ては左の事務を掌る。一、直税の賦課及減免に関すること、二、直税の検査に関すること(以下省略する)。の各規定及び昭和二一年名古屋財務局長訓令第二〇号、一、直税課に第一係、第二係及び第三係を置き左の事務を分掌せしめる。但し別表に掲げる税務署(田口、尾鷲、木本及び郡上税務署)を除く、第一係(一)所得税、財産税及び有価証券移転に関すること((二)以下省略する)の各規定に徴し、富山税務署直税課第一係所属の職員は同税務署管内の納税義務者ならその何人たるを問はず義務者に対する所得税の賦課、減免に関する事務に従う法令上の職務権限を有するものと認めうるのである。そして原判決が証拠とした証人野田健の証言によれば第一係に所属する各職員は年度毎に区域と業種とにより定められる特定の納税義務者の所得税の調査を分担するのであるがこの分担事務の内容も係主管者において必要と認めるときはいつでも変更されうるものであることが認められる。されば第一係の所属職員は結局その第一係の分掌事務全般にわたってこれに従事する職務権限を有するものであるといわなければならぬから、いやしくも第一係の所属職員である被告人はたとえ当該年度の担任ではなかったとしても納税義務者浦田仁三郎の所得税の調査に関し法令上その職務権限を有するものであることは多言を要しないところである。されば原判示事実の認定には所論のように虚無の証拠によってなした違法はなく、従って擬律錯誤の論旨はその前提を欠き採るをえない。
同第二点について。
しかし、前点において説明したとおり、浦田仁三郎の第一公判廷における供述は結局判示金品を判示趣旨で被告人に交付した旨の供述と理解するに十分であるから、被告人の自白を補強するに足るものであることはいうまでもないところである。されば原判決は所論のように被告人に不利益な唯一の自白を証拠として被告人を有罪としたものではないから、憲法三八条三項違反の主張はその前提を欠きとるをえない。
同第三点について。
しかし、原判決挙示の証拠によって判示事実の認定はこれを肯認することができ、その間反経験則等の違法はない。論旨は結局独自の見解に立って原審の適法にした事実認定を非難するにとどまり上告適法の理由とならぬ。
同第四点について。
しかし、所論細川証人の証言の全趣旨殊に記録上明らかな判事の「証人は左様な気持は全然なかったのか」の問に対して同証人が「田村さんから税金が多くかかると云う事を聞いて居り余りかけない様に頼んでいたことがあります」と答えていることからも同証人の証言は被告人の自白を補強するに十分な証拠であるといわなければならぬ。されば原判決は所論のように被告人に不利益な唯一の自白を証拠として被告人を有罪としたものではないから、所論憲法三八条三項違反の主張はその前提を欠きとるをえない。
同第五点について。
論旨は結局独自の見解に立って原審の適法にした証拠の取捨判断を非難するに帰し上告適法の理由とならぬ。
同第六点について。
しかし、所論広田証人の第一審公判廷における証言の全趣旨殊に記録上明らかな判事の「証人は被告人に対してウイスキーを渡した際に兄の税金を寛大にして貰いたいと云う気持がなかったか」との問に対し、証人広田は「左様な気持は少しはありました」と答えているところから見ると同証人の供述は被告人の自白を補強するに十分なものといわなければならぬ。されば原判決は被告人に不利益な唯一の自白を証拠として被告人を有罪としたものではないから、所論憲法三八条三項違反の主張はその前提を欠き採るをえない。
同第八点について。
被告人は富山税務署直税課第一係の分掌事務である所得税の調査については一般的にその職務権限を有するものと解すべきこと第一点、第七点について説明したとおりであるから、たとい被告人において広田末吉の兄の所得税の調査については補助者であって決定権は同僚が有していたとしても右所得調査を目して被告人の職務権限に属しないものとはいえないこと論をまたぬ。されば擬律錯誤の論旨はその前提を欠き採るをえない。
よって旧刑訴四四六条に従い裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野 毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎)